嬬恋村の文化財―干俣・門貝編

6月20日の文化財サポーターズの調査の記録の続きです。干俣諏訪神社に行きました。住民の方による管理の行き届いた、厳かな雰囲気の神社です。神主の資格をお持ちのK氏に代表していただき、皆で参拝しました。林床の植物も生き生きとしていて、音無川の水がとてもきれいでした。昔、源頼朝が川にうるさいと言うと静かになったと言われています。K氏から建御名方命(タケミナカタノカミ)について教えていただきました。水の神様というのも納得です。下谷さんから、日本武尊伝説、源頼朝伝説、天保の飢饉の話も聞かせていただきました。

音無川

皆で嬬恋村や群馬の魅力を語り合いながら昼食を食べたのが、とても幸せでした。

それから、干俣の円通殿に行きました。常林寺の旭邦本輝和尚が1504年に円通殿を建立し、和尚は村人たちの教育にあたったそうです。境内には慈母観音がありました。

そして、最後に門貝の熊野神社に行きました。私が毎月お参りをしている神社です。樹齢900年のさかさ杉を見てから、K氏に代表していただいて神社に参拝し、奥の院へと向かいました。

梵字岩(阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩、薬師如来、不動明王を表す梵字が刻まれている。)

道は険しく(というより、土砂崩れのため道そのものがなく)、急斜面で下谷さんが通った足跡に足を乗せて進んでいったのですが、何度もずり落ちそうになりました。そのうちに私のストックは無用の長物となり、K氏が代わりに持ってくださいました。後ろから資料館のK氏が励まして下さって、なんとか奥の院に辿り着きました。

ナツツバキの木。数百年前に植えられたもの?
ウサギはいないかな?と覗き込んでみましたが、いませんでした。

大日如来を表す梵字を見ることができ、とても有難く思いました。下谷さんが熊野神社の歴史、熊野信仰のお話をしてくださり、昔の人々の厳しい巡礼を想像しました。(その間も、ときどき下を見下ろし、ふと現実に返ってどうやって下りようか…と不安になりました。)

奥の院の前にもナツツバキの木がある。
奥の院 梵字?(要確認)
文保三年(1319)と刻まれている。

帰りも同じ急斜面を下りました。関館長が、ストックの先端が地面に突き刺さるようにして私に貸してくださり、常に後ろから励ましてくださいました。(私は逆に無用の長物のストックをお渡しすることになり、申し訳なかったです。)行きよりも、人の足跡で少し道ができたので、意外と歩きやすく感じました。斜面には掴むものがほとんどなく、ときどきひょろっと生えた20cmぐらいの笹を掴んで歩きました(まさに藁をもつかむ思いで)。ときどき大きな木があるところでは、木にしがみついて方向転換をしました。数メートル先にいらっしゃった資料館のK氏が「ここに木の根っこがあるから、躓かないようにね」とおっしゃって「はーい」と言った瞬間に、私は数メートル滑落し、その根っこに足が引っかかって止まりました。そんな大変な下山でしたが、ツツドリがポポッ、ポポッと冷静に鳴いていたのが、心を静めてくれました。下山し終わったとき、サワギクが咲いているのに気づきました。

さて、振り返って見ると、奥の院はまず熊がよく出るところなのと、実際に上ってみて案内人なしには簡単には行けないということを確認し、「奥の院はこちら」のような軽い感じの看板は見直した方がいいのではないかという意見も出てきました。改めて、皆様のおかげで貴重な体験をさせていただいたことに感謝しています。

最後に資料館に戻って、皆で文化財保護について話し合いました。関館長と信頼できるメンバー同士で本音の話し合いができて、とても嬉しいです。これからも一緒に活動できるのが楽しみです!