村外研修その1―善光寺

10月21日、嬬恋郷土資料館友の会の村外研修で善光寺に行きました。善光寺には高校生のときに修学旅行以来ですが、そのときは今ほど有難みが分かっていませんでした。こちらに移住してから、特に資料館でのボランティア活動に携わるなかで、善光寺が嬬恋村とご縁が深いことを知り、お参りするのを楽しみにしていました。

バスで仁礼街道を通りました。この道を、昔の人は歩いて通っていたのですね。(嬬恋村のSさん(現代人)も嬬恋村から歩いて行かれたそうですが、改めて、とてつもない距離だと思いました。)バスの中では、Kさんがお菓子を配ってくださり、遠足気分でした。両隣のメンバーの方々と、なぜか天国にいる家族やペットの話をしていました。

回向柱(嬬恋村の天明の噴火(1783)の供養が起源です。)

到着すると、境内をガイドの方が案内してくださいました。山門からスタートしました。善光寺の看板は畳3枚の大きさで、「善光寺」の文字は独特の威厳を放っています。なるほど、文字の中に鳩が5羽、牛が1頭隠れていたのですね。山門は、「三門」となっていて扉がありません。いつでも、誰に対しても開かれていることを象徴しているそうです。ガイドの方が「だから善光寺には塀もありません。」とおっしゃったとき、期せずして「へぇ….」と言ってしまい、ちょっと恥ずかしくなりました。

山門が建てられたとき、本堂が一番よく見えるところに場所が決められたそうです。だから、山門の中心を通っている石から本堂を見るのが一番良いそうです。私は後ろの方にいたので横着して望遠で写真を撮っていましたが、Yさんに、ちゃんと石の上から撮りなさいと促されました。たしかに本堂がしっかり目に飛び込んでくる位置でした。

この石の列が山門の中心を通っている。

そこから見える本堂は檜皮葺(ひわだぶき)で貴重な工法ですが、ガイドさんが「鳥の糞で困っている」とおっしゃったとき、私は「ふーん、(そうなんですね)」と言ってしまい、また顰蹙を買うところでした。

この後、いよいよ本堂に参りました。

外陣でびんずる尊者の像(撫で仏)を撫でさせていただきました。不調なところを撫でると良いとのことで、私はお顔を撫でたかったのですが(最近、顔の虫さされをこじらせています)、背が低いため届かず…。それで、なんとなく、全体を撫でさせていただきました。先程までバス酔いされていたメンバーの方がお元気になられたとのことで、御利益は確かなようです。そういえば、私もとても元気です。

内陣(大きな畳の広間)で解説を受けました。欄間には来迎二十五菩薩像がありました。それぞれ足に雲をつけて楽器(横笛)を奏でながら降りてきていらっしゃいます。極楽から急いで降りてこられたので雲がついているのだそうです。そして、菩薩像のない雲が1つあり、亡くなった方がそこに乗って極楽に運んでもらうのだそうです。ここは天と地とがつながる空間のように思いました。(バスで、大事な思い出を語り合っていたのも、偶然ではなかったのですね。)

お焼香をした後、法要が始まって20秒間だけ幕が上がり、秘仏(一光三尊阿弥陀如来)を安置した宮殿(くうでん)を拝見することができました。(といっても遠いので、しっかり見えたわけではないのですが。)大変有難かったです。

そして、いよいよお戒壇めぐりに行きました。思った以上に真っ暗でした。言い換えると、これ以上に暗い空間は想像できないほどでした。何度も前の人にぶつかりましたが、友の会メンバー同士なので安心です。壁から絶対に離れないようにしたので、「極楽の錠前」を見つけることができました。そしてしばらくすると、うっすらと白い光が見えてきて出口がそこまで来ていることが分かりました。このほのかな光がどれほど意味を持ったことでしょう。外の光がとても眩しく感じ、外に出たときには生まれ変わったような気がしました。出てきたメンバーの方々と、新しい人生を楽しみましょう!と誓い合いました。 

こちらは見たことのない針葉樹でした。ビャクシンという木のようです。そこを通って経蔵に行きました。

ビャクシン(ご神木)
経蔵

経蔵の前で輪廻車を回しました。そうすることで煩悩が断ち切れるとのことでした。(こんなに楽をしてよろしいのでしょうか?)その後、建物の中の大きな「輪蔵」(重さ5t)を回しました。これを1周させることで一切経を読んだのと同じ功徳が得られるとのこと。皆で回すととても軽く感じますが、車軸がなくコマのように回っているのだそうです。輪廻車にしても輪蔵にしても、民衆を救済するために考え出されたもの。先人の深い思いやりに感謝いたします。

また、奥にあった最澄の像の穏やかな表情がとても印象に残りました。私は30年近く前に比叡山の延暦寺で最澄の直筆の文字を見て感動したのを今でもよく覚えていますが、そのときに文字から感じた、集中した、研ぎ澄まされた感覚を思い出しました。

この後、大勧進にお邪魔し、村上光田大僧正のお言葉を拝聴しました。天明の噴火の際の善光寺の等順大僧正と嬬恋村鎌原との関わりに改めて思いを馳せました。また、等順大僧正は全国各地に救済に回られましたが、私の先祖の故郷にもいらっしゃっていたことを知り、驚きました。

この放生池は蓮(大賀蓮)で有名ですが、民衆が等順大僧正の御恩に報いるために掘ったと言われています。当時の鎌原村の方々も関わっていたとのこと。嬬恋村ではあまり語られていませんが、善光寺ではそのように伝えられているそうです。

鎌原の人が恩返しに掘ったと伝えられる池

昼食を「たきや」さんでいただきました。茹でたてのコシのあるお蕎麦、野沢菜の入ったもちもちのおやきが美味しかったです。

お食事を早めに終えて、気になっていた山門に上りました。遠くまで見渡せました。弘法大師の仏像もあり、まさに誰にでも開かれ、宗派を超えたお寺であることが分かりました。階段は急でしたが、降りるときにメンバーのKさん(熔岩樹型のメンバーでもある)が後ろ向きに降りるといいよと教えて下さり、そうしてみると楽でした。なるほど、熔岩樹型の穴の中を下りるときの感覚と似ていました。

おみくじも引きました。「学問」のところで、もっと頑張るように書かれてあったので、気を引き締めたいと思います。(私にとっては「植物」のことだと思います。)

(山門から)
本堂(山門から)

優しい友の会のメンバーの方々と一緒に善光寺参りができて、とても幸せでした。善光寺の研修を通して嬬恋村がますます好きになりました。

(続く)