パノラマラインに入って、万座川の高架橋を渡ってキャベツ畑に向かいました。いつもと反対方向に進むと、初めて来たような気がします。
(7)パノラマライン沿い竣工記念碑
メモ 国営農地造成事業第2期(平成元年から平成10年)の竣工記念碑。パノラマライン南ルートの方が先にできていた。パイロット事業で、国営農道だったが竣工後に村道となった。造成農地面積は618haで、この事業により輸送園芸地帯が確立した。
少し奥まったところにあるので、今までこのような碑があることに気がつきませんでした。ここから良い眺めが見渡せます。




(8)愛妻の丘
「叫ばれキャベツ」と田代湖を見ながら、昼食を取りました。田代湖やバラギ湖の歴史などを教えていただきました。爽やかな風が吹いていましたが、次第に寒くなってきました。春に田代の方々と一緒に植えたマリーゴールドが大きくなっていました。本当に素敵な場所です。



(9)旧馬鈴薯原原種農場建物
メモ:昭和20年、田代牧場内に戦後の食糧増産のために建てられたジャガイモの種苗管理センター。このような場所が全国に10か所あり、建物が当時の場所のまま残っているのはここだけ。(北海道では同じ形の建物が豆資料館として移設されて使われている。)同じ敷地内に、気象庁気象観測所地点もある。
敷地に入った瞬間、北海道の牧場と似ていると思いました。北海道と同じように作られていたのですね。

(10)農地造成竣工「大地を拓く」碑
メモ:昭和45年から始まった国営農地造成事業(パイロット事業)が53年に竣工したのを記念して、福田赳夫総理大臣(当時)の揮毫で建てられた。開墾された面積は570.15haに及ぶが、さらに県営農地造成事業(竣工57年)により277.20haが造成され、合わせて847haの新たな農地が加わることになった。
力強い字が印象に残りました。碑の周りを木々が取り囲み、厳かな雰囲気を漂わせていました。キャベツ畑の歴史を知るうえで、必ず訪れたい場所です。


(11)中原開拓・「拓魂」の碑
メモ:戦後、国策の「緊急開拓事業実施要領」を受けて群馬県が開拓可能地の選別をした。群馬県全体の50%を吾妻郡が占め、そのうちの1/3以上が嬬恋村を担うことになった。浅間北麓には長野県から30戸、山梨県から20戸の入植が受け入れられたが、中原開拓地は長野県神川村の入植者によって開拓された。カラマツの植林地から広大な農地へと変わった。
開拓当時の厳しい生活についてお話を聞き、心を動かされました。今の美しいキャベツ畑の背景に、多くの方々のご苦労があったことを思い、感謝して暮らしたいと思います。



開拓の歴史を学んだ後、大笹の抜け道の碑を通って帰りました。
(12)抜け道の碑
上州から善光寺に向かうには大笹関所を通らなければならないが、手形を持たない者は抜け道を利用した。ここが危険であったため、さりげなく「…右を仏の道と志るべし」という大笹宿の俳人佐藤正道による碑が建てられた(嘉永5年(1852)建立)。仏の道とは善光寺道のことである。
また、看板によると、近くに善光寺橋という橋があり、そこで真田幸村の第二夫人が足を滑らせて川に落ちて亡くなり、ここに埋葬されたという伝説がある。








学びの多い1日でした。私はキャベツ畑の風景が好きですが、歴史を学べば、また違う視点でこの大地を見ることができ、ますます嬬恋村が好きになっていきます。
館長と文化財を守りたいメンバーとの絆を大事に、いろいろなことを教わりながら、話し合いに参加したいと思います。